大事なことは高校野球から学んだ!1人の球児が体験した最後の夏の物語り

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いつもブログを読んで頂いている皆様、有難うございます。

今回はスピンオフな内容です。

 

夏ですね。高校野球の季節ですね。

私が楽天時代に、社内営業をしていた時期がありその際にもっと西谷という人間を知ってもらいたいということから、「西谷通信」という私のことを書いた社内メールを送っていました。

 

有り難いことに結構楽しみにしてくださった方もいて、長い間続けていました。

今回はその時に書いた私の高校球児だった時のことをお届けしたいと思います。

 

そこには一つのドラマがありました。

2008年に書いたものです。

 

 

 

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西谷通信です。
時間は夜中の3時を過ぎました。

今週は頑張ります。

巷では日本郵政の西川社長の人事問題で、話題になっていますが、すでに同じ「西」つながりで西谷へ社長の話が来ているとか来ていないとか。

今日もお昼で会社を出たら、暑い。とにかく暑い。コンクリートジャングル。
東京砂漠。

毎年夏が近づいてくると思い出してしまいます。あの暑い夏を。

そうです、ROOKIESで高校野球が取り上げられていますが、西谷も昔は高校球児でした。坊主でした。

今まで西谷は高校3年の夏まで、痛み以外で泣いたことがありませんでした。
今でも映画を見て「感動」して泣いたことはありません。
失恋でも泣きません。

そんな私が初めて感情で泣いたエピソードを今日はお話いたしましょう。

私の野球部時代はセカンドでした。

守備は天才的に上手かったのですが、肩が弱かったために、ショート、サードを経験しセカンドで落ち着きました。

天才的に守備は上手かったのですが、絶望的にバッティングが悪く、試合では全く打てませんでした。
高校3年間で試合で打った人は確実に1桁です。全部のヒットを鮮明に覚えています。

チームの監督はバッティング重視の監督だったので、いつも2番手でした。もちろんレギュラーになれず、最後の夏を迎えました。

最後の夏、まずベンチに入れるのは全部員の中の20名だけ。ここでベンチに入れるかどうかで天と地ほど差が出ます。

ベンチの中で試合を見るか、スタンドで応援するのか。

私にチャンスが回ってきたのは、最後の夏のメンバーを決める練習試合。
この日はダブルヘッダー(12試合)でした。

私は専修大学附属高校だったので、西東京エリアから甲子園を目指します。
この日の対戦相手は忘れもしない、京華商業。

同じセカンドのレギュラーは1個後輩の2年生。
後に次の代のキャプテンになる男です。

この男はバッティングが良く、肩も強い。ただ守備はまだ勝っていました。
夏の大会でのエラーは許されません。

内野は守備がいいメンバーで固めたい、そして何より2年ではなく、3年の西谷で内野を守りたいという声が上がりました。セカンド以外は全員3年です。

そこで監督から最初で最後の大きなチャンスをもらいました。
与えられた打席でヒットを打つこと。

試合も終盤になり、まず守備につきました。

1アウトランナー1塁。
ゲッツー体制。

ピッチャーにサインを送るキャッチャー。
パーが外角で、グーが内角のサインでした。

ピッチャー第1球投げます、カーブが高めに外れてボール。
そして2球目。

パーをキャッチャーが出しました。外角のコースです。
遠い距離でしたがキャッチャーと目が合った気がしました。そしてキャッチャーの意図を汲み取り、1塁方向へ私が1歩動きます。

キャッチャーはセカンドの西谷のところに打たせて、守備機会を作ろうとしてくれていました。
外角ストレートをバッターが打ちます。
鋭い打球は1,2塁間のゴロ。

西谷がダイビングキャッチ。
すかさず起き上がり、2塁へ送球、ショートから1塁へ。

ゲッツー成立。
盛り上がるナイン。

次の回の先頭バッターはタイミング良く私。
ここでヒットを打てば、チャンスを掴めます。打てなければ、個人の夏は終わり。

打席に入る前にキャプテンが声をかけてきます。
「俺はお前がヒットを打つ夢を最近見た。正夢だからお前は絶対打てる」

黙ってうなずく私。
静かに打席に入ります。

初球、外角低めストライク。

2球目、外角のカーブをファール。

3球目、外角ストレートが外れ、ボール。
運命の4球目。

真ん中高めのストレートを強振。
結果は。。

空振り三振。

ベンチからため息が漏れる。
ベンチに戻る間に、監督とは目を合わせませんでした。

試合終了後に全員の前で監督が試合に関しての振り返りを行います。

そして監督の言葉。
「西谷はいいプレーだった、ただ後輩のサポートをしてくれ」

これが何を意味するか。
そうです、打てなかった自分はもう試合に出れないということです。

この瞬間に高校野球、最後の夏が一足先に終わりました。
大事なチャンスを掴めませんでした。

 

2試合目に備えるために、各自昼食をとりに一旦部室に戻ります。
その際に自分はみんなから離れて、座り込みました。

走馬灯のように3年間が思い出され、「あーこれで終ったんだな」と思った瞬間、いきなり涙が溢れ出してきました。

それこそスラムダンクの湘北に負けて引退することになった湘南の魚住キャプテンのように。
涙が止まりませんでした。


声をかけてきた仲間も異変に気付き、そっとしておこうと離れてくれました。
これでもかと座り込みながら泣き、みんなのいる部室に戻った時に、なぜか3年の数人が泣きながら昼飯を食べていました。
目が赤いのです。それに驚きました。

自分がチャンスを掴めなかったことで、それを悔しがってくれ、自分のために泣いていたのです。

仲間の泣いている姿は初めて見ました。
その光景を見た時に、こいつらのために最後まで頑張ってサポートしようと誓いました。

最後の夏の大会は、西東京ベスト16をかけた試合で、この年に優勝して甲子園に進んだ東海大菅生に2-2から最後は競り負け、2-6で負けました。

不思議とみんな泣いている中で、自分だけは泣きませんでした。

 

多分西谷の最後の夏はもう京華商業戦で終っていたからかなと思います。
毎年夏が来ると、この出来事を思い出します。

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よく前職の時に後輩に言っていましたが、「あの時もっと頑張れば良かった」という頑張らなかった後悔はしますが、「あの時頑張りすぎなければ良かった」という頑張ったことへの後悔をすることはほぼないです。

ということで、後悔しないようにやりきることを意識して行動しています。